第42条 王国外への出国の自由
第42条 王国外への出国の自由
今後、我らに対する忠誠を保持し、かつ戦時を除き、公共の利益のため短期間を除いて、何人も我が王国を安全に離れ、陸路水路により旅行し、我が王国に帰国することができるものとする。
ただし、監獄にある者、法に従い法外者とされた者、および敵国人は、この限りでない。また、商人については、前記のとおりとする。
今後、私らに対する忠誠を保持して、かつ戦時を除いて、公共の利益のため短期間を除いて、誰もわが王国を安全に離れて、陸路水路で旅行して、わが王国に帰国することができるもんとするで。
ただし、監獄におる人、法に従って法外者とされた人、および敵国人は、この限りやない。また、商人については、前に記したとおりとするで。
第42条は、中世において革命的な概念であった「移動の自由」を確立した画期的な条文です。
中世社会では、農奴は領主の許可なしに土地を離れることができず、自由人でも国王の許可なしに出国することは困難でした。この条文は、忠誠を保持する限り、誰でも王国を安全に離れ、陸路や水路で旅行し、帰国することができると定めました。これは当時としては画期的な自由の保障でした。ただし、戦時や公共の利益のための短期間、監獄にある者、法外者、敵国人は例外とされ、必要最小限の合理的制限が設けられています。
この条文は、個人の自律性を確保し、経済活動を促進し、社会の流動性を向上させる効果をもたらしました。商人については第41条で規定されたより手厚い保護が適用されます。現代では、世界人権宣言第13条や各国憲法での移動の自由保障の歴史的起源となっており、EU統合におけるシェンゲン協定などにも影響を与えています。この条文は、個人の自由と国家の必要性のバランスを図る重要な先例となりました。
イングランドから自由に出国できる権利を保障した条文やねん。今では当たり前やけど、中世では「王さんの許可なしに国を出たらあかん」っちゅうルールがあったんや。特にジョン王は疑い深い性格やったから、貴族が勝手に外国に行くことを嫌ってたんやな。
この条文は「誰でも安全に王国を出て、また戻ってこられる」「陸路でも海路でも自由に行き来できる」って決めたんや。ただし戦争中はちょっと制限があるけど、基本的には移動の自由を認めたわけやな。
これは今でいう「移動の自由」「出国の自由」の原点やねん。日本国憲法の第22条にも「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」って書いてあるやろ。マグナ・カルタの時代から、人は自由に移動できるべきや、っちゅう考え方があったんやで。
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