第16条 軍役義務の制限
第16条 軍役義務の制限
我らの王国外において軍役を行う義務を負うのは、我らから直接に土地を保有する者のうち、これまで軍役を行う慣習があった者に限られるものとする。
そして、その場合も、短期間に限られ、かつ我らの費用によるものとする。
私らの王国外で軍役を行う義務を負うんは、私らから直接に土地を持ってる人のうち、これまで軍役を行う慣習があった人に限られるもんとするで。
そして、その場合も、短期間に限られて、かつ私らの費用によるもんとするで。
第16条は、封建制度における軍役義務の地理的・時間的制限を定めた条文です。
この条文は、国王の対外戦争における封臣の負担を制限し、封建軍役制度の濫用を防ぐことを目的としています。王国外での軍役義務は直接土地保有者のうち従来から軍役慣習のある者に限定され、短期間で国王の費用負担によることが定められています。
ジョン王はフランスでの領土回復戦争のため頻繁に海外遠征を企図し、封臣に過重な軍役負担を課していましたが、この条文により軍役義務が合理化され、封建軍役制度がより公正なものとなりました。
「外国での戦争は勝手にやったらあかん」っちゅう条文やねん。ジョン王がこの条文を受け入れなあかんかった背景には、フランスでの大失敗があるんや。ジョン王は「失地王(ジョン・ラックランド)」っちゅう不名誉なあだ名で呼ばれてたんやけど、これはフランスにあったイングランド王家の領土をほとんど全部失ってしまったからなんやな。
ジョン王のお父さんヘンリー2世とお兄さんリチャード獅子心王の時代は、イングランド王家はフランスの西半分くらいを支配してたんや。ノルマンディー、アンジュー、メーヌ、トゥーレーヌ、アキテーヌっちゅう広大な領土やねん。せやけどジョン王は、フランス王フィリップ2世との戦争で次々と負けて、1204年にノルマンディーを失って、最終的には1214年のブーヴィーヌの戦いで大敗してもうたんや。
イングランドの貴族たちにとって、フランスでの戦争は「王さんの個人的な領土争い」でしかなかったんや。「なんで私らがフランスまで行って、命をかけて戦わなあかんの?」って思うのは当然やろ。しかも戦争に負け続けて、費用ばっかりかかって、得るもんは何もなかったんやから。
この条文は「王国外で軍役を行う義務を負うのは、これまで軍役を行う慣習があった者に限られる」って決めたんやな。つまり「昔からそういう約束をしてた人だけが行けばええ」っちゅうことや。しかも「短期間に限られ」「我らの費用による」って、王さん自身がお金を出さなあかんことにしたんやで。
例えばな、イングランドの北部の貴族はんは「私らはスコットランドとの国境を守る約束で土地をもらってるんや。フランスまで行く義務はない」って主張できるようになったわけやな。これで無理やり海外遠征に駆り出されることがなくなったんや。
この条文の精神は、後世の「戦争と国民の同意」っちゅう考え方につながっていくんやで。今の民主主義国家では、戦争を始めるには議会の承認が必要やろ。日本国憲法でも、自衛隊の海外派遣には国会の承認が必要やんか。全部この1215年の知恵から始まってるんやな。
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