第14条 共通評議会の構成と招集
第14条 共通評議会の構成と招集
王国の共通評議会を招集して軍役免除金を査定するため(前記の三つの場合を除いて)、我らは、大司教、司教、修道院長、伯爵、大男爵を個別に文書により招集するものとする。
また、我らから直接に土地を保有するその他の者をも、地方長官および代官を通じて一般に招集し、招集の理由を明示して、定められた日に定められた場所に参集するよう求めるものとする。
招集状が発せられた後、議事は定められた日に、出席した者により進められるものとし、すべての者の出席を待つものではない。
王国の共通評議会を招集して軍役免除金を査定するため(前に言うた三つの場合を除いて)、私らは、大司教、司教、修道院長、伯爵、大男爵を個別に文書で招集するもんとするで。
また、私らから直接に土地を持ってるその他の人をも、地方長官と代官を通じて一般に招集して、招集の理由を明示して、決められた日に決められた場所に集まるよう求めるもんとするで。
招集状が出された後、議事は決められた日に、出席した人により進められるもんとして、全ての人の出席を待つもんやない。
第14条は、第12条で言及された「共通評議会」の具体的な構成と招集手続きを定めた条文です。
共通評議会は、高位聖職者・世俗貴族を個別に文書で招集し、国王から直接土地を保有するその他の者を地方長官・代官を通じて一般招集することで構成されます。招集理由の明示義務があり、出席者のみで議事を進行できます。
この条文は後のイングランド議会制度の直接的起源となり、国王の恣意的な課税を制限し、土地保有階層の政治参加を制度化する重要な基盤となりました。
今で言う「国会」の元になった、めっちゃ重要な条文やねん。第12条で「税金を決めるには共通評議会の同意が必要」って決めたけど、この第14条では「その評議会ってどうやって開くん?」っちゅう具体的なルールを決めてるんや。
まず、大司教、司教、修道院長、伯爵、大男爵っちゅう偉い人らには、個別にお手紙(招集状)を送ることになったんや。「何月何日に、どこどこで、こういう理由で集まってください」って丁寧に連絡するわけやな。これは彼らが国の重要人物やから、ちゃんと敬意を払うっちゅうことやねん。
次に、王さんから直接土地をもらってる人(直接保有者)にも声をかけるんやけど、こっちは地方長官とか代官を通じて「みなさん集まってくださいな」って一般招集するんや。全員に個別に手紙を書いてたらキリがないから、公告みたいな形で知らせるわけやな。でも「招集の理由を明示」せなあかんから、ちゃんと説明責任はあるんやで。
ジョン王の時代までは、王さんが気に入った貴族だけを集めて「さあ、税金上げることに賛成やな?」って言うて、強引に決めることができたんや。でもこの条文で「ちゃんと決まった手続きで、決まった人を呼びなさい」ってルールができたから、王さんの恣意的なやり方ができへんようになったんやな。
面白いのはな、「すべての者の出席を待つものではない」って書いてあることなんや。つまり「呼んだけど来えへん人がおっても、会議は進めますよ」っちゅうことやねん。これは現実的な規定やと思うわ。全員揃うまで待ってたら、いつまで経っても会議でけへんからな。今の国会でも「定足数」っちゅうのがあるやろ。それと同じ考え方やねん。
この第14条の仕組みが、後のイギリス議会の基礎になったんや。上院(貴族院)と下院(庶民院)っちゅう二院制も、この「個別招集される偉い人」と「一般招集される土地保有者」の区別から生まれたって言われてるんやで。
さらに言えば、アメリカの連邦議会も、日本の国会も、世界中の民主主義国家の議会も、全部この1215年のラニーミードで決めたルールが原点になってるんやな。「代表者が集まって話し合って決める」っちゅう、当たり前やけど一番大事な民主主義の仕組みが、ここから始まったんやで。
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