第7条 Article. VII.
第7条 第7条
The Ratification of the Conventions of nine States, shall be sufficient for the Establishment of this Constitution between the States so ratifying the Same.
The Word, "the," being interlined between the seventh and eighth Lines of the first Page, The Word "Thirty" being partly written on an Erazure in the fifteenth Line of the first Page, The Words "is tried" being interlined between the thirty second and thirty third Lines of the first Page and the Word "the" being interlined between the forty third and forty fourth Lines of the second Page.
Attest William Jackson Secretary
done in Convention by the Unanimous Consent of the States present the Seventeenth Day of September in the Year of our Lord one thousand seven hundred and Eighty seven and of the Independance of the United States of America the Twelfth In witness whereof We have hereunto subscribed our Names,
G°. Washington Presidt and deputy from Virginia
For biographies of the non-signing delegates to the Constitutional Convention, see the Founding Fathers page.
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9つの州の憲法会議で承認されたら、それを承認した州の間で、この憲法を成立させるのに十分なんや。
第1頁の第7行と第8行の間に「the」っちゅう言葉が行間に入れられて、第1頁の第15行で「Thirty」っちゅう言葉が消された上に部分的に書かれて、第1頁の第32行と第33行の間に「is tried」っちゅう言葉が行間に入れられて、第2頁の第43行と第44行の間に「the」っちゅう言葉が行間に入れられとるんやな。
書記官ウィリアム・ジャクソン認証
西暦1787年9月17日、合衆国が独立して12年目に、出席した州の全員一致の同意で憲法会議で作られたんや。これを証明するために、ここに署名するで。
ジョージ・ワシントン 議長兼バージニア州代表
憲法制定会議に出席したけど署名せえへんかった代表者の経歴については、建国の父のページを見てや。
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憲法の批准手続きを定める条項です。
13州のうち9州の憲法会議による批准で発効するという比較的緩やかな要件でした。実際には1788年6月に9州目のニューハンプシャーで批准が成立し、1789年3月に発効しました。最終的には全13州が批准しました。
憲法制定会議は1787年9月17日にフィラデルフィアで開催され、ジョージ・ワシントンが議長を務めました。建国の父たちの妥協と英知の結晶として、この憲法は237年以上機能し続けています。世界最古の成文憲法として、各国の憲法制定に大きな影響を与えました。
憲法を承認する手続きを決める条項やで。アメリカ憲法の一番最後の条文やねん。憲法制定の歴史的な瞬間が刻まれとるんや。
13州のうち9州の憲法会議で承認されたら発効するっちゅう、比較的緩めの条件やったんや。当時の「連合規約(Articles of Confederation)」は全会一致が必要やったんやけど、それやとなかなか物事が決まらんかったから、ハードルを下げたんやな。これ、例えば13人のクラスメイトで新しいルールを決めるとき、全員の賛成やなくて9人の賛成でOKっちゅうことやで。実際の承認の過程はめっちゃドラマチックやったんや。デラウェア州が1787年12月7日に一番最初に承認して、ペンシルベニア、ニュージャージー、ジョージア、コネティカット、マサチューセッツ、メリーランド、サウスカロライナって続いたんやな。そして1788年6月21日に9州目のニューハンプシャーで承認が成立して、憲法が発効することになったんや。せやけど、まだバージニアとニューヨークっちゅう大きな州が承認してへんかったから、「この2州が入らんかったら連邦は成り立たへん」って心配されとったんやで。幸い、バージニアは6月25日に、ニューヨークは7月26日に承認して、1789年3月に憲法が正式に発効したんや。最後まで抵抗したノースカロライナは1789年11月、ロードアイランドは1790年5月にやっと承認したんやな。ロードアイランドは賛成34票、反対32票のたった2票差で、ギリギリやったんや。
憲法制定会議は1787年5月25日から9月17日まで、フィラデルフィアのインディペンデンス・ホール(独立宣言が署名された場所や)で開かれたんやで。独立戦争の英雄ジョージ・ワシントンが議長を務めて、ベンジャミン・フランクリン(当時81歳)、ジェームズ・マディソン(憲法の父って呼ばれとる)、アレクサンダー・ハミルトンとか、建国の父たちが集まったんや。真夏の暑い中、窓を閉め切って秘密会議をしたんやで。外に情報が漏れたらあかんから、議論の内容は一切公表せんかったんや。4ヶ月間、何度も衝突して決裂しそうになりながら、妥協に妥協を重ねて作り上げたんやな。例えばな、大きい州と小さい州の対立(コネティカット妥協)、奴隷制をめぐる対立(奴隷は人口の5分の3として数える妥協)、北部と南部の対立とか、めっちゃ難しい問題がぎょうさんあったんや。最終的に、55人の代表のうち39人が署名したんやけど、16人は署名を拒否したんやで。
この憲法は237年以上も機能し続けとって、世界で一番古い成文憲法なんや。フランス革命(1789年)より古いし、日本の明治憲法(1889年)より100年も前にできたんやで。いろんな国が憲法を作るときの手本になって、三権分立とか連邦制とか大統領制とか、アメリカ憲法のアイデアが世界中に広まったんや。日本国憲法も間接的にアメリカ憲法の影響を受けとるし、韓国、フィリピン、ラテンアメリカの国々とか、民主主義の国の多くがアメリカ憲法から学んどるんやな。建国の父たちが汗水たらして作った知恵の結晶が、今でも生きとるっちゅうのは、ほんまにすごいことやで。
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