おおさかけんぽう

法律をおおさか弁で知ろう。知らんけど

第15条第15条

土地、天然資源、そして生産手段は、社会化の目的のため、補償の種類と範囲を定める法律により、公有または他の形態の公共経済に移すことができるんや。補償については、第14条第3項第3文と第4文が準用されるで。

ワンポイント解説

「社会化条項」って言うてな、土地、石炭とか石油みたいな天然資源、それに工場とか機械みたいな生産手段を、国有化したり公共のもんにしたりできるって決めてるんやで。第14条で「所有権は守る」って言うてたのに、この第15条があるっちゅうことは何を意味するか。それはな、「ドイツは資本主義って決めつけてへんで。将来、国民が民主的に『やっぱり重要な産業は国営にしよう』って決めたら、それもあり得るで」っていう選択肢を憲法に残してるんや。ただし、勝手に奪うんやなくて、ちゃんと法律作って補償金払うことが絶対条件やけどな。

なんでこんな条文があるかっちゅうと、これは1949年の大政治妥協の産物なんやで。第二次世界大戦が終わって、ドイツは東西に分断される寸前やった。東側はソ連が支配して共産主義、西側はアメリカ・イギリス・フランスが支配して資本主義。西ドイツの憲法を作る時も、「どっちの経済体制にするんや?」っていう大論争があってん。社会民主党(SPD)とか左派の人たちはな、「石炭産業とか鉄鋼業とか、国の基幹産業は国営にせなあかん。さもないと、また大財閥が力を持って政治を牛耳って、戦争を引き起こすかもしれへん」って強く主張したんや。ナチスが政権取れたのも、大企業の支持があったからやっていう反省があったんやな。

一方で保守派のキリスト教民主同盟(CDU)とかは、「民間の自由な経済活動こそが繁栄の源や。国営にしたら社会主義になってまう」って反対したんや。東ドイツを見てみいや、全部国営にして自由を奪った結果、経済は停滞して人々は貧しくなったやろって。で、結局どうなったかっちゅうと、「将来の国民が決めたらええやん。憲法では両方の可能性を残しとこう」っていうことで、この条文を入れることで折り合いをつけたんやな。妥協の産物やけど、賢い妥協やと思うわ。結果的には西ドイツは「社会的市場経済」っていう道を選んでん。これは資本主義をベースにしつつ、社会保障も充実させて、労働者の権利も守るっていうバランス型の経済体制や。大規模な国有化はほとんど実施されへんかったんやけどな。

仮に社会化する場合でも、補償金はちゃんと払わなあかんって決まってるで。それも第14条第3項と同じルールで、「公共のために必要なことと個人が大切にしてきたものの価値を公正に比べて決める」「金額に納得いかへんかったら裁判で争える」っていう手続きを踏まなあかんねん。つまり、「国営にするんやったら、市場価格でちゃんと買い取れ」っちゅうことやな。勝手に没収とか絶対あかんのや。例えばな、ある炭鉱を国有化するとしたら、その炭鉱のオーナーに適正な補償金を払うて、納得してもらわなあかんのや。今ではこの第15条はほとんど使われてへんけど、憲法が「経済体制は国民が決める。資本主義も社会主義も、憲法レベルでは決めつけへん。時代や状況に応じて柔軟に選択できる余地を残しとく」っていう開かれた立場を取ってることを示す、面白い条文やと思うわ。東西統一後も、この条文は残されてるんやで。将来どうなるかは誰にもわからへんからな。

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