第120条第120条
(1) 連邦は、連邦法律の詳しい規定に従って、占領の費用とその他の国内と対外の戦争の結果の負担のための支出を負担するんや。こういう戦争の結果の負担が1969年10月1日までに連邦法律で決まった分については、連邦と州は、この連邦法律に従ってお互いの関係で支出を負担するで。連邦法律で決まってへんし決められへん戦争の結果の負担のための支出が、1965年10月1日までに州、市町村(市町村連合)、州とか市町村の仕事をするその他の任務を負う人によって行われた分については、連邦は、この時点以降もこういう支出を引き受ける義務はないんや。連邦は、失業保険と失業扶助を含む社会保険の負担への補助金を負担するで。この項で決まる連邦と州への戦争の結果の負担の配分は、戦争の結果に対する補償請求権の法律上の規定には影響せえへんねん。
(2) 収入は、連邦が支出を引き受けるのと同じ時点で連邦に移るんや。
「戦争の後始末の請求書を誰が払うんや」っちゅう、めちゃくちゃ生々しい現実を決めた条文で、戦争に負けるっちゅうことがどれだけ悲惨か、よう分かる内容やねん。
第1項は、まず「占領費用(ベザッツングスコステン)」の話から始まるんや。1945年、ドイツは完全に負けた。アメリカ、イギリス、フランス、ソ連の4カ国が国土を分割占領して、「占領軍を養う金はお前らが払え」って請求してきたんや。占領軍の兵士の給料、食料、宿舎、車両、燃料、事務所...全部ドイツ持ちや。その額がとんでもなくて、1950年代半ばまで、国家予算の約30-40%を占領費用に持っていかれたんや。今の日本で言うたら、年間予算110兆円のうち、30-40兆円を占領費用に持っていかれるようなもんやで。防衛費が5兆円くらいやから、その6-8倍や。とんでもない額やろ。国の復興に使うべきお金が、全部占領費用に消えていくんや。
それだけやない。「戦争帰結負担(クリーグスフォルゲラステン)」っちゅう膨大な後始末の費用もあるんや。具体的には何があるかっちゅうと、①戦争で夫や息子を亡くした戦争未亡人・戦争孤児への年金、②戦場で手足を失った傷痍軍人への障害年金、③空襲で家を焼かれた被災者への住宅補償、④ナチスに迫害されたユダヤ人やその他の犠牲者への補償金、⑤破壊されたインフラ(道路、橋、鉄道、水道、電気)の復旧費用、⑥東欧から追放された1200万人の難民の受け入れ・統合費用、⑦ナチスが略奪した財産の返還費用...数え切れへんくらいあるんや。これ全部「戦争の後始末」やねん。
この膨大な請求書を、国(連邦)と地方(州)でどう分担するんや?っちゅうのがこの条文の核心や。基本的には「国(連邦)が負担する」。これは当然やな。戦争を始めたんは国やから、後始末も国が責任取るべきや。でも1965年10月1日とか1969年10月1日までに、すでに地方(州・市町村)が立て替えて払ってた分については、「それは地方が払え。国は引き受けへん」っちゅうルールにした。もう払ってしもたもんは、遡って国が払い直すんは無理やからな。失業保険と失業扶助を含む社会保険の負担への補助金は「国が出す」。戦争で経済がめちゃくちゃになって、失業者があふれたからな。この補償請求権については、別の法律で細かく決められとるで。
第2項は、支出を国が引き受けるんやったら、収入も国のもんになるって話や。これは当然のバランスやな。「支出だけ国が払う。でも収入は地方が取る」やったら不公平やろ。戦争に負けるっちゅうことは、こういうことやねん。占領軍への上納金、犠牲者への補償、インフラの復旧...後始末に何十年もかかるんや。実際、ドイツは第一次世界大戦の賠償金を2010年にやっと完済したんやで。1919年のベルサイユ条約から91年かかったんや。第二次世界大戦の補償も、実は今でも続いとるケースがあるんやで。例えばナチスの強制労働の被害者への補償金は、2000年代になっても払われとった。
この条文を読んで、わたしはいつも思うんや。「戦争の代償は計り知れへん」ってな。戦争が終わっても、請求書は何十年も何世代にもわたって払い続けなあかんのや。だからこそ、「二度と戦争をしてはならん」っちゅうドイツの決意は、本当に重いもんなんやで。
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