おおさかけんぽう

法律をおおさか弁で知ろう。知らんけど

第104条第104条

(1) 人の自由は、形式的法律に基づいて、そしてその中に定める方式を遵守してのみ制限されることができるんや。拘禁された者は、精神的にも身体的にも虐待されたらあかんねん。

(2) 自由の剥奪の許容性と継続については、裁判官のみが決定せなあかんねん。裁判官の命令に基づかへんすべての自由の剥奪に際しては、遅滞なく裁判による決定が得られなあかんで。警察は、自己の権限により、何人も、逮捕の後の日の終了時より長く自己の拘禁下に保持したらあかんねん。詳細は、法律により規律されなあかんで。

(3) 犯罪行為の嫌疑により暫定的に逮捕された者は、遅くとも逮捕の翌日に、逮捕の理由を告知して、取調べを行って、そして異議の機会を与えなあかん裁判官に引致されなあかんねん。裁判官は、遅滞なく、理由を付した書面による勾留状を発するか、または釈放を命じなあかんで。

(4) 自由の剥奪の命令や継続についてのすべての裁判による決定については、遅滞なく、拘禁された者の親族や信頼する者に通知されなあかんねん。

ワンポイント解説

「人の身体の自由を奪う時のめっちゃ厳しいルール」を決めた条文や。ナチス時代の反省から、警察の権限を徹底的に制限して、裁判官のチェックを必ず入れることにしたんやで。

まず第1項は、人の自由を奪うには必ず「形式的法律」に基づいた「正式な手続き」が必要で、拘束された人への虐待は絶対禁止っちゅうことや。「形式的法律」っちゅうのは、ちゃんと議会で議論して作った法律のことやな。例えばな、学校である生徒が悪いことをしたとするやろ。先生が腹立って「お前、反省するまで教室に閉じ込めとくわ」って勝手に決めて鍵かけたら、それはあかんのや。必ず学校の規則に「こういう場合は、こういう手続きで、こういう処分をする」って事前に決まってて、その手続きを踏まなあかんねん。そして拘束中の人を殴ったり、「お前は人間のクズや」って暴言吐いたり、何日も寝かさへんかったり、そういう身体的・精神的な虐待は絶対に許されへんのや。人権は拘束中でも守られなあかんねん。

第2項と第3項は、警察の権限をめちゃくちゃ厳しく制限しとるんや。警察が誰かを逮捕しても、警察が自分の判断で拘束できるんは「逮捕した日の翌日の終わりまで」だけや。つまり最長でも48時間程度やな。それを過ぎたら、必ず裁判官の前に連れて行かなあかんねん。裁判官は本人に「あんたを逮捕した理由はこれこれこうやで」って説明して、本人の言い分もちゃんと聞いて、それから「勾留状」を出すか「釈放」するかを判断するんや。例えばな、警察が「こいつ怪しいな。とりあえず1週間拘束して取り調べたろ」って勝手に決めることは絶対でけへんのや。必ず翌日には裁判官のチェックが入って、裁判官が「確かにこの人は拘束し続ける必要があるな」って判断せん限り、釈放せなあかんねん。しかも裁判官は書面で理由を書いた「勾留状」を出さなあかん。口頭で「まあええやろ」はあかんのや。ちゃんと記録に残さなあかん。

第4項は、家族への連絡義務や。誰かが拘束されたら、「遅滞なく」——つまりすぐに——家族か本人が信頼してる人に知らせなあかんねん。「いつの間にか警察に連れて行かれて、どこにおるか分からへん」なんてことは絶対許されへんのや。これ、めっちゃ厳しいルールやと思うやろ?でもな、ナチス時代には警察(ゲシュタポ)が勝手に人を捕まえて、裁判も何もなしに強制収容所に送り込んで、拷問したり虐殺したりしたんや。家族は「夫がどこに連れて行かれたか分からへん」「息子が帰ってけえへん」ってずっと探し続けるしかなかった。そういう恐怖政治の反省から、ドイツ基本法では「警察の権限は必要最小限。翌日には必ず裁判官の判断が必要。虐待は絶対禁止。家族にはすぐ連絡」って、めちゃくちゃ厳しく決めたんや。「疑わしきは釈放」が原則やねん。人の自由はそれほど大切なもんなんやで。

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