第106条 第106条
第106条 第106条
第43条に掲げる特別協定でそれによって安全保障理事会が第42条に基く責任の遂行を開始することができると認めるものが効力を生ずるまでの間、1943年10月30日にモスコーで署名された4国宣言の当事国及びフランスは、この宣言の第5項の規定に従って、国際の平和及び安全の維持のために必要な共同行動をこの機構に代ってとるために相互に及び必要に応じて他の国際連合加盟国と協議しなければならない。
第43条に書いてある特別協定で、それによって安全保障理事会が第42条に基づく責任の遂行を開始できると認められるものが効力を持つまでの間はな、1943年10月30日にモスコーで署名された4国宣言の当事国とフランスは、この宣言の第5項の規定に従って、国際の平和と安全を維持するために必要な共同行動を、この国連に代わって行うために、お互いに相談して、必要に応じて他の国連加盟国とも協議せなあかんのやで。
本条は、国連の集団安全保障体制が完全に機能するまでの過渡期における措置を定めた規定である。第43条は加盟国が兵力を国連に提供する特別協定を、第42条は安保理による軍事的強制措置を定めているが、これらの協定が発効するまでの間、暫定的な安全保障体制を規定している。
「4国宣言」とは、1943年10月30日にモスクワで米国、英国、ソ連、中国の4か国が署名した宣言で、戦後の国際平和機構設立に関する共同宣言である。本条により、これら4か国とフランス(すなわち安保理常任理事国5か国)は、国連の軍事力が整備されるまでの間、暫定的に平和維持の責任を負うこととされた。
しかし実際には、第43条に基づく特別協定は一度も締結されておらず、本条の想定した過渡期は現在まで継続している。冷戦の勃発により、常任理事国間の協調が困難となったためである。現在の平和維持活動(PKO)は、この状況下で発展した代替的手段といえる。
ちょっと複雑な条文なんやけど、要するに国連の安全保障体制が完全に整うまでの「つなぎ」の措置を決めた条文なんやね。国連憲章には、第43条で加盟国が軍隊を国連に提供する協定を結ぶことになってて、第42条では安保理が軍事行動をとれることになってるんやけど、そういう体制が整うまでの間はどうするんやっていうことを決めてるわけや。
ここに出てくる「4国宣言」っていうのはな、第二次世界大戦がまだ続いてた1943年10月30日に、モスクワでアメリカ、イギリス、ソ連、中国の4か国が署名した宣言のことなんやで。この時はまだ戦争中やったから、国連はまだできてへんかったんやけど、戦争が終わったら国際平和を守るための新しい組織を作ろうっていう約束をしたんやね。この第106条では、その4か国とフランスを加えた5か国(つまり今の安保理常任理事国やね)が、国連の軍事体制が整うまでの間、暫定的に世界の平和を守る責任を負うって決めたわけや。
ところがやでな、ここに大きな問題があるんや。第43条に書いてある「特別協定」っていうのは、実は今まで一度も締結されてへんのやね。国連憲章では、加盟国が国連に軍隊を提供する協定を結んで、安保理が必要な時にその軍隊を使って平和を守るっていう仕組みを想定してたんやけど、実際にはそういう協定は結ばれへんかったんや。せやから、第106条で言う「過渡期」っていうのは、国連ができてから80年近く経った今でも、ずっと続いてるわけやね。
なんでそうなったかっていうとな、冷戦が始まったからなんや。国連ができた時は、アメリカとソ連は一緒にドイツや日本と戦った仲間やったんやけど、戦争が終わったらすぐに対立し始めたんやね。資本主義と共産主義っていう、全然違う考え方の国同士やったから、協力するのが難しくなったわけや。せやから、安保理の常任理事国5か国が協力して国連に軍隊を提供するなんていうのは、絵に描いた餅になってしもうたんやで。
ほなら国連は平和を守るために何もできへんかったんかっていうと、そうやないんや。第43条の特別協定がなくても、国連は「平和維持活動」っていう新しい仕組みを編み出したんやね。これはPKO(ピーケーオー)って呼ばれてて、紛争地域に国連の部隊を派遣して、停戦を監視したり、人道支援をしたりする活動なんや。これは国連憲章には明示的に書いてへんかったんやけど、実際の必要性から生まれた仕組みなんやで。
例えばな、1956年のスエズ危機の時に、初めて本格的なPKOが展開されたんや。エジプトとイスラエル、それにイギリスとフランスが衝突した時に、国連が中立的な監視部隊を派遣して、停戦を見守ったんやね。これ以降、世界中のいろんな紛争地域にPKOが派遣されるようになって、今では国連の平和活動の中心的な手段になってるんや。
せやから第106条は、皮肉なことにな、想定してた「過渡期」がずっと続いてしまって、その間に国連は全く別の方法で平和維持活動を発展させてきたっていう、歴史の証人みたいな条文になってるんやね。理想と現実のギャップを示してるとも言えるし、国連が柔軟に対応してきた証拠とも言えるわけや。国際政治の難しさと、それでも平和を守ろうとする努力の両方を物語ってる、興味深い条文なんやで。
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