第12条 國司國造百姓を斂むることなかれ
第12条 国司や国造は、民衆から勝手に税金を取ったらあかん
十二に曰く。國司國造は百姓を斂むることなかれ。國は二君あらず、民は兩主なし。率土の兆民、王を主と爲す。任ぜらるる所の官司、皆これ王臣なり。何ぞ敢えて公と與に百姓に賦斂むるや。
第十二条はな、「国司、国造は、百姓を斂むることなかれ」っちゅうことやねん。これは、国を治める役人たちは、民衆から勝手に税金を取ったらあかん、っちゅう意味や。
国っちゅうのは、君主が二人おるわけやないし、民も二人の主人を持つわけやない。この国のすべての人々は、王様を主人としてるんや。役人として任命された人たちは、みんな王様の家来なんやで。それやのに、どうして公(王様)と一緒になって、民衆から税金を取り立てることができるんや。
つまり、役人が勝手に民衆から税金を取るっちゅうのは、王様の権限を勝手に使うことになるから、絶対にあかんっちゅうことやな。
ワンポイント解説
第十二条は租税制度における権限の集中と統制を論じた条文である。「國司國造、無斂百姓」(国司・国造は百姓から税を取ってはならない)は、地方官僚による恣意的な徴税の禁止を明確に規定している。
条文の論理構造は、国家統治権の単一性原理に基づいている。「國非二君、民無兩主」(国に二君なく、民に両主なし)は、政治権力の統一性を示し、「率土之兆民、王為之主」(領土内のすべての人民は、王を主とする)で君主権の絶対性を確認している。その上で、「所任之官司、皆是王臣」(任命された官司は、皆これ王臣である)として、地方官の従属的地位を明確にしている。
この条文は、古代における租税法律主義の萌芽として評価できる。現代の租税法律主義が「税金は国会が制定した法律に基づいてのみ課される」とするのに対し、太子は「税金は君主の権限に基づいてのみ課される」として、恣意的な課税を防止しようとした。
現代的観点では、中央集権的な財政統制システムの確立として理解される。地方政府が独自に課税する権限を制限することで、国家財政の統一性と公正性を確保しようとした先駆的な制度設計といえる。また、公的権力による私的利益追求の防止という観点からも、現代の公務員倫理や利益相反防止制度の思想的源流として位置づけることができる。
この条文は、税制と政治権力の関係について、とても重要なことを教えてくれるんや。太子さんは、「税金を取る権利は王様にだけある、役人が勝手に取ったらあかん」と明確に言うてはるんやな。
現代風に言うたら、「税金は法律に基づいて、正当な手続きで徴収せなあかん。役人が勝手に決めて取ったらあかん」っちゅうことやろ。これって、「法治主義」や「租税法律主義」の考え方にも通じるで。
「國非二君、民無兩主」っちゅう部分は、国家の統一性を表してる。バラバラの権力者が勝手に税金を取り立てたら、国が混乱してしまうからな。太子さんは、中央集権的な国家体制を目指してはったんや。
でも現代では、民主主義で国民が主権者やから、「王様の代わりに国民が決める」っちゅう感じになってるけどな。基本的な考え方「権力者が勝手に税金を決めたらあかん」っちゅうのは、今でも大事な原則やと思うで。
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