第16条第16条 紫衣勅許の乱れ
紫衣を許された寺の住職になる、ゆうんはな、もともとはめったにない、えらい珍しい話やったんやで。
せやのに、近ごろはむやみやたらと勅許が出されてしもて、僧侶としての経験年数の順番を乱してしまうし、官寺の格式まで汚してしまうんや。これはほんまにあかんことやで。
せやから、これから先はな、その人の器量をちゃんと選んで、戒律を守った年数もしっかり積んで、学識があって評判のええ人についてだけ、入院、つまり住職になることを申し出るべきなんやで。
この十六条はな、法度が発布されてすぐに、実際にえらい大きな事件を引き起こしてしもた、いわくつきの条文やねん。紫衣ゆうんは天皇から特別に許された、格の高い袈裟のことでな、それを着られる寺の住職になる、ゆうのは本来はめったにない、ものすごい名誉やったんや。
例えばな、太郎さんゆうお坊さんがおったとして、太郎さんがほんまに長年戒律を守り抜いて、学識も評判も申し分ない、ゆう場合やったら、紫衣を許されて住職になるんは、それこそ一生に一度あるかないかの晴れがましいことやったはずやねん。せやのに、この条文ができる少し前の時期には、そういう積み重ねをすっ飛ばして、次々に紫衣が許されてしまうことが増えてしもうてな、経験の浅い人が先輩を追い越して住職になったりして、官寺の格式そのものが軽うなってしもうたんや。
この条文が出てから十年あまりたった寛永四年に、幕府の許可を得んと後水尾天皇が紫衣を勅許してしもて、幕府が「これは無効や」ゆうて突っぱねる、いわゆる紫衣事件が起こってしもたんや。大徳寺の沢庵さんら、名だたるお坊さんまで処罰される事態になってしもてな。天皇の権威と幕府の統制、どっちを上に置くかっちゅう根っこの対立が、こんな一本の条文からむき出しになった、ゆう意味で、この十六条は法度の中でもとりわけ重たい条文やと思うわ。
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