第8条 群卿百寮は早朝晏退せよ
第8条 偉い人も役人も、朝早く来て夕方遅く帰りなはれ
八に曰く。群卿百寮は、早朝晏退せよ。公の事は靡の如く盬多し。終日盡くし難し。是を以て遲朝すれば急に逮ばず。早退すれば必ず事盡きず。
第八条はな、「群卿百寮は、早朝晏退せよ」っちゅうことやねん。これは、偉い人も役人も、朝は早く出勤して、夕方遅くまで働きなさい、っちゅう意味や。
公の仕事っちゅうのは、とにかくぎょうさんあるもんやからな。一日中働いても、なかなか全部は終わらへん。せやから、朝遅く来たら急ぎの仕事に間に合わへんし、早く帰ってしもたら、絶対に仕事が残ってしまうんやで。
第八条は公務員の勤務態度と職務遂行に対する基本的態度を規定した条文である。「早朝晏退」(朝早く出勤し夕方遅く退勤する)は、公職に就く者の時間管理と責任意識を強調している。
条文の背景には「公事靡盬」(公事は塩のように多い)という認識がある。これは行政事務の膨大さと継続性を表現した比喩で、一日の労働時間では処理しきれない公務の性質を示している。「遅朝不逮于急、早退必事不盡」は、公務の緊急性と継続性を考慮した勤務体制の必要性を論理的に説明している。
現代的観点から見ると、この条文は公務員の職業倫理と公共サービスへの献身を重視した内容である。ただし、現代では労働者の権利保護や働き方改革の観点から、過度な長時間労働は問題視される。太子の意図した「公共への奉仕精神」は重要である一方、効率的な行政運営、適切な労働環境、ワークライフバランスの確保といった現代的課題との調和が必要である。組織運営においては、個人の献身だけでなく、システムの効率化と適切な人員配置による業務負担の適正化が重要であり、これらは太子の根本精神である「公共の利益の追求」に合致する現代的解釈といえる。
今の時代やったら「働き方改革」の議論になりそうやな。でも太子さんの時代の「公務員」の考え方を知るには、とても大事な条文なんや。太子さんは、役人の仕事は「公事」、つまり公のための仕事やから、私的なことより優先せなあかんと考えてはったんやな。
「公事靡盬」っちゅう表現は、ちょっと変わった言い方やけど、「公の仕事は塩のように多い」っちゅう意味や。塩っちゅうのは、昔は海水を煮詰めて作ってたから、粒がめちゃくちゃたくさんあるやろ。それぐらい、公務は数えきれへんほどあるっちゅうことやねん。当時の役人の仕事はな、税金の徴収、裁判、土木工事の監督、軍事、外交と、ほんまに多岐にわたってたんや。
例えばな、地方の国司(地方長官)は、朝から晩まで働きづめやった。朝は早くから民衆の訴えを聞いて、昼は税金の計算をして、夕方は工事の進捗を確認して、夜は報告書を書く。「終日尽くし難し」(一日中働いても終わらへん)っちゅうのは、決して大げさやないと思うで。
「遅朝すれば急に逮ばず」(朝遅く来たら急ぎの仕事に間に合わへん)っちゅうのは、当時は通信手段が限られてたから、特に重要やったんやな。例えば、朝廷から急使が来て「すぐに対応せなあかん」っちゅう命令があっても、役人が遅刻してたら、その日のうちに対応できへんかった。そうすると、国全体の方針が遅れてしまうわけや。
現代風に言うたら、「公務員は国民のために奉仕する仕事やから、しっかり責任を果たしなさい」っちゅうことやな。確かに、朝遅く来て早く帰る公務員がおったら、みんな困るやろ。市役所の窓口が「今日は職員が早く帰ったから閉まってます」とか言われたら、腹立つやん。
でもな、現代では、長時間労働の問題もあるし、効率的に仕事をすることも大事やと分かってきたやろ。太子さんの時代は、まだ「たくさん働くことが美徳」っちゅう考え方やったけど、今は「限られた時間で効率よく働く」ことが求められてる。ダラダラ残業するんやのうて、集中して仕事を終わらせて、定時で帰る。それでも公共サービスの質を保つためには、システムの改善や人員の適正配置が必要やねん。
太子さんの精神「公のために一生懸命働く」は大切にしつつ、働き方は時代に合わせて変えていかなあかんのかもしれんな。要は、「責任感を持って、みんなのために頑張りましょう」っちゅう、太子さんの気持ちを理解することが一番大事なんやと思うで。うちは、この第八条が、公務員の職業倫理について考えるきっかけになる条文やと思ってるんやけど、知らんけど。
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