おおさかけんぽう

法律をおおさか弁で知ろう。知らんけど

第7条 人にはそれぞれ役割があるから、いい加減にしたらあかん

第7条 ひとおのおのにんあり、つかさどることみだりにすべからず

第7条 人にはそれぞれ役割があるから、いい加減にしたらあかん

第七条はな、「人はそれぞれに任がある、掌ることを濫りにすべからず」っちゅうことやねん。これは、みんなそれぞれに役割があるんやから、その担当をいい加減にしたらあかん、っちゅう意味や。

賢くて徳のある人が役人になったら、みんなから褒められる声が聞こえてくる。でも、悪い心を持った人が役人になったら、災いや乱れがどんどん増えてしまうんや。

世の中には、生まれつき何でも知ってる人なんて、そんなにおらへん。でも、一生懸命に心を込めて努力したら、聖人みたいになることもできるんやで。仕事は大きいことも小さいことも、ちゃんとした人がやったらうまくいくし、忙しい時でものんびりした時でも、優秀な人がおったら安心や。

そやから、国が長く続いて、国家が危険にならんようにするためには、役職に就く人をちゃんと選ばなあかん。昔の聖人みたいな王様は、役職のために人を探したんであって、人のために役職を作ったんやないんや。

なないわく。ひとおのおのにんり。つかさどることみだりにすべからず。それけんてつかんにんずれば、しょうせいすなわこる。かんしゃかんにんずれば、らんすなわしげし。すくなし。ねんこくすればせいる。こと大小だいしょうし。ひとればすなわおさまる。とききゅうかんし。けんえばすなわかんなり。これにりて國家こっか永久えいきゅうにして、社稷しゃしょくあやうし。ゆえいにしえせいおうは、かんためひともとめて、ひとためかんもとめず。

第七条はな、「人はそれぞれに任がある、掌ることを濫りにすべからず」っちゅうことやねん。これは、みんなそれぞれに役割があるんやから、その担当をいい加減にしたらあかん、っちゅう意味や。

賢くて徳のある人が役人になったら、みんなから褒められる声が聞こえてくる。でも、悪い心を持った人が役人になったら、災いや乱れがどんどん増えてしまうんや。

世の中には、生まれつき何でも知ってる人なんて、そんなにおらへん。でも、一生懸命に心を込めて努力したら、聖人みたいになることもできるんやで。仕事は大きいことも小さいことも、ちゃんとした人がやったらうまくいくし、忙しい時でものんびりした時でも、優秀な人がおったら安心や。

そやから、国が長く続いて、国家が危険にならんようにするためには、役職に就く人をちゃんと選ばなあかん。昔の聖人みたいな王様は、役職のために人を探したんであって、人のために役職を作ったんやないんや。

ワンポイント解説

現代でいう「適材適所」の大切さを教えてくれてるんや。太子さんは、人事がどれだけ大事かっちゅうことを、よう分かってはったんやな。「人各有任、掌不可濫」っちゅうのは、「人にはそれぞれ役割がある、その担当をいい加減にしたらあかん」っちゅう意味や。

太子さんは、役人の人事がいかに国の運命を左右するかを、はっきり示してはる。「賢哲の官に任ずれば、頌声則ち起こる」(優秀な人が役人になったら、みんなから褒められる)、「姦者の官に任ずれば、禍乱則ち繁し」(悪い人が役人になったら、災いがどんどん増える)。この対比が、とても分かりやすいやろ。

例えばな、当時の日本は、まだ「血筋が全て」っちゅう考え方が強い時代やってん。有力な豪族の息子やったら、能力がなくても重要な役職に就けた。逆に、どんなに優秀でも、家柄が低かったら出世できへんかった。太子さんは、そういう状況を変えようとして、603年に冠位十二階っちゅう制度を作らはったんや(この十七条憲法を作る前の年やな)。これは、生まれや家柄やのうて、能力や功績を重視する制度やったんやけど、完全な能力主義っちゅうわけやなくて、従来の氏族制度の枠内での改革やったんや。それでもな、血筋だけで全てが決まってた時代に、能力や功績をより重視する方向に進んだっちゅうのは、めちゃくちゃ画期的なことやったんやで。

「世少生知、剋念作聖」っちゅう部分は、特に印象深いやろ。「生まれつき何でも知ってる人は少ない、でも一生懸命努力したら聖人になれる」っちゅう意味や。これは、血筋や生まれよりも、本人の努力や能力を大切にしようっちゅう、とても進歩的な考え方やと思わへん?当時の身分制社会で、こんなことを言うんは、めちゃくちゃ革新的やったはずや。

「事無大小、得人則治。時無急緩、遇賢則寛」っちゅう部分も大事やな。仕事は大きいことも小さいことも、ちゃんとした人がやったらうまくいく。忙しい時でものんびりした時でも、優秀な人がおったら安心やっちゅうことやねん。つまり、組織の成功は、システムや制度だけやなくて、そこで働く人の質に大きく依存するっちゅうことを、太子さんは理解してはったんやな。

最後の「為官以求人、不為人求官」っちゅうのは、今でも政治や会社で問題になることやろ。「役職は、その仕事に適した人を探すためにあるんであって、誰かを優遇するために作るもんやない」っちゅう意味や。現代でも、「あの人を部長にしたいから、新しい部署を作ろう」みたいなことがあるやろ。そういう縁故主義や情実人事を、太子さんは1400年前に、もう批判してはったんやな。

太子さんは、優秀な人材を見つけて、適切な役職に配置することが、国家の繁栄と安定につながると考えてはった。「国家永久にして、社稷危き無し」っちゅうのは、ちゃんとした人事をすれば、国が長く続いて危険がないっちゅう意味やねん。逆に言うたら、人事を間違えたら、国が滅びるっちゅうことや。うちは、この第七条が、人事管理の基本原則を示した、とても重要な条文やと思ってるんやでな。知らんけど。

第七条は人材配置と組織管理の重要性を論じた条文で、古代における人事行政の基本原則を確立している。「人各有任」(人それぞれに任がある)は職務の専門性と責任の明確化を意味し、現代の職務分掌の概念に通じる。

条文の核心は能力主義に基づく人事制度の確立である。「賢哲任官」と「姦者任官」の対比は、人事の成否が組織全体に与える影響の大きさを示している。特に「世少生知、剋念作聖」(世に生知は少なく、念を剋めば聖となす)は、生得的能力よりも後天的努力と修養を重視する思想を表現している。これは当時の身分制社会において画期的な人材観であった。

「為官以求人、不為人求官」(官のために人を求め、人のために官を求めず)は、現代の公務員制度における職務本位制(merit system)の原型を示している。この原則は、縁故主義やポピュリズムを排除し、公正で効率的な行政運営を目指すものである。現代の人事管理において重要視される適材適所の配置、能力評価に基づく昇進、職務に応じた権限と責任の配分といった概念の萌芽がここに見られる。また、組織の継続性(国家永久、社稷無危)を人材配置の最終目標とする視点は、現代の組織論における持続可能経営の理念と共通している。

現代でいう「適材適所」の大切さを教えてくれてるんや。太子さんは、人事がどれだけ大事かっちゅうことを、よう分かってはったんやな。「人各有任、掌不可濫」っちゅうのは、「人にはそれぞれ役割がある、その担当をいい加減にしたらあかん」っちゅう意味や。

太子さんは、役人の人事がいかに国の運命を左右するかを、はっきり示してはる。「賢哲の官に任ずれば、頌声則ち起こる」(優秀な人が役人になったら、みんなから褒められる)、「姦者の官に任ずれば、禍乱則ち繁し」(悪い人が役人になったら、災いがどんどん増える)。この対比が、とても分かりやすいやろ。

例えばな、当時の日本は、まだ「血筋が全て」っちゅう考え方が強い時代やってん。有力な豪族の息子やったら、能力がなくても重要な役職に就けた。逆に、どんなに優秀でも、家柄が低かったら出世できへんかった。太子さんは、そういう状況を変えようとして、603年に冠位十二階っちゅう制度を作らはったんや(この十七条憲法を作る前の年やな)。これは、生まれや家柄やのうて、能力や功績を重視する制度やったんやけど、完全な能力主義っちゅうわけやなくて、従来の氏族制度の枠内での改革やったんや。それでもな、血筋だけで全てが決まってた時代に、能力や功績をより重視する方向に進んだっちゅうのは、めちゃくちゃ画期的なことやったんやで。

「世少生知、剋念作聖」っちゅう部分は、特に印象深いやろ。「生まれつき何でも知ってる人は少ない、でも一生懸命努力したら聖人になれる」っちゅう意味や。これは、血筋や生まれよりも、本人の努力や能力を大切にしようっちゅう、とても進歩的な考え方やと思わへん?当時の身分制社会で、こんなことを言うんは、めちゃくちゃ革新的やったはずや。

「事無大小、得人則治。時無急緩、遇賢則寛」っちゅう部分も大事やな。仕事は大きいことも小さいことも、ちゃんとした人がやったらうまくいく。忙しい時でものんびりした時でも、優秀な人がおったら安心やっちゅうことやねん。つまり、組織の成功は、システムや制度だけやなくて、そこで働く人の質に大きく依存するっちゅうことを、太子さんは理解してはったんやな。

最後の「為官以求人、不為人求官」っちゅうのは、今でも政治や会社で問題になることやろ。「役職は、その仕事に適した人を探すためにあるんであって、誰かを優遇するために作るもんやない」っちゅう意味や。現代でも、「あの人を部長にしたいから、新しい部署を作ろう」みたいなことがあるやろ。そういう縁故主義や情実人事を、太子さんは1400年前に、もう批判してはったんやな。

太子さんは、優秀な人材を見つけて、適切な役職に配置することが、国家の繁栄と安定につながると考えてはった。「国家永久にして、社稷危き無し」っちゅうのは、ちゃんとした人事をすれば、国が長く続いて危険がないっちゅう意味やねん。逆に言うたら、人事を間違えたら、国が滅びるっちゅうことや。うちは、この第七条が、人事管理の基本原則を示した、とても重要な条文やと思ってるんやでな。知らんけど。

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