おおさかけんぽう

法律をおおさか弁で知ろう。知らんけど

第6条 悪いことを懲らしめ、善いことを勧めるんは昔からのええ教えや

第6条 あくらしめぜんすすむるはいにしえのりなり

第6条 悪いことを懲らしめ、善いことを勧めるんは昔からのええ教えや

第六条はな、「悪を懲らしめて善を勧めるは、古の良き典なり」っちゅうことやねん。これは、悪いことをする人は注意して、良いことをする人は褒めなさい、これは昔からの良い教えやで、っちゅう意味や。

せやから、人の良いところを隠したらあかんし、悪いことを見つけたら必ず正さなあかん。おべっか使いで人を騙すような人は、国を滅ぼす道具みたいなもんやし、人民を傷つける刃物みたいなもんなんや。

そういうずるい人は、上の人には下の人の悪口を言うて気に入られようとするし、下の人には上の人の悪口を言うて取り入ろうとする。そんな人は、君主に対しても忠義がないし、人民に対しても思いやりがない。これこそが、大きな乱れの元になるんやで。

ろくいわく。あくらしめぜんすすむるはいにしえのりなり。これをもって人のぜんかくすことし。あくてはかならたださん。それ諂詐てんさの者はすなわ国家こっかくつがえすの利器りきり、人民じんみんつの鋒刃ほうじんる。また佞媚ねいびの者は、かみたいしてはすなわしもあやまちくをこのみ、しもへばすなわかみしつ誹謗ひぼうす。それかくのごとき人はみなきみちゅうなくたみじんなし。これ大乱たいらんもとなり。

第六条はな、「悪を懲らしめて善を勧めるは、古の良き典なり」っちゅうことやねん。これは、悪いことをする人は注意して、良いことをする人は褒めなさい、これは昔からの良い教えやで、っちゅう意味や。

せやから、人の良いところを隠したらあかんし、悪いことを見つけたら必ず正さなあかん。おべっか使いで人を騙すような人は、国を滅ぼす道具みたいなもんやし、人民を傷つける刃物みたいなもんなんや。

そういうずるい人は、上の人には下の人の悪口を言うて気に入られようとするし、下の人には上の人の悪口を言うて取り入ろうとする。そんな人は、君主に対しても忠義がないし、人民に対しても思いやりがない。これこそが、大きな乱れの元になるんやで。

ワンポイント解説

今でいう「告げ口」や「二枚舌」を使う人を厳しく戒めてる内容やねん。太子さんは、そういう人がおると組織全体がダメになるっちゅうことを、よう分かってはったんや。「懲悪勧善」っちゅう言葉は、今でもよう使われるやろ。悪いことをする人はちゃんと注意して、良いことをする人は褒める。当たり前のことやけど、これがちゃんとできてる組織は少ないもんや。

特に太子さんが警戒してはったんは、「諂詐者」(てんさしゃ)、つまりおべっか使いで人を騙す人や。こういう人は、上の人にも下の人にも都合のええことだけ言うて、問題を隠してしまうんや。例えばな、地方の役人が朝廷に「今年は豊作でした、税金もたくさん集まりました」って嘘の報告をして、実際は民衆が飢えてるのに、それを隠してしまう。そういうことがあったんやな。

「諂詐の者は国家を覆すの利器となり、人民を絶つの鋒刃となる」っちゅう表現は、とても強烈やろ。おべっか使いで人を騙す人は、国を滅ぼす道具であり、人民を傷つける刃物やっちゅうことや。これだけ厳しい言葉を使ってるっちゅうことは、太子さんがどれだけこの問題を深刻に考えてはったかが分かるやろ。

「佞媚の者」っちゅうのも、諂詐者と似たようなもんやけど、こっちは特に「へつらい媚びる人」のことやな。こういう人は、「上に対しては下の過ちを説くを好み、下に逢へば上の失を誹謗す」っちゅう、まさに二枚舌を使うんや。上司には「部下がこんな失敗をしました」って告げ口して、部下には「上司がこんな悪いことをしてる」って悪口を言う。そうやって、組織の中に不信感を広めて、自分だけが得しようとするんやな。

当時の朝廷でも、そういう人がおったんやろな。豪族同士の対立を利用して、あっちにもこっちにもいい顔をして、自分の地位を高めようとする人や。太子さんは、そういう人を見抜いて、「そんな人は、君主に対しても忠義がないし、民衆に対しても思いやりがない。これこそが大きな乱れの元になる」って警告してはるんや。

現代の組織でも、こういう「イエスマン」ばっかりやと危険やっちゅうことやな。本当のことを言わんと、上の人が聞きたいことだけを言うてたら、問題が見えんようになって、最後は大きな失敗につながってしまう。太子さんは、「人の善を匿すこと無し。悪を見ては必ず匡さん」って言うてはる。良いことは隠さず認めて、悪いことは見つけたら必ず正す。この透明性と公正さが、組織を健全に保つための基本やと、太子さんは教えてくれてるんやな。うちは、この第六条が、組織の倫理観を守るための重要な条文やと思ってるんやでな。知らんけど。

第六条は「懲悪勧善」の原則を通じて、組織の健全性維持を目的とした条文である。古典的な政治思想における賞罰の理念を基盤としながら、特に諂詐者(おべっかを使い人を欺く者)と佞媚者(へつらい媚びる者)の組織への悪影響を具体的に警告している。

条文は二つの重要な概念を提示している。第一に、積極的な善行の奨励と悪行の是正による組織風土の改善。第二に、上下間の情報歪曲や離間工作を行う者への警戒である。「諂詐の者は国家を覆すの利器となり、人民を絶つの鋒刃となる」という表現は、組織内の信頼関係破綻が国政に与える深刻な影響を的確に表現している。

現代的観点からは、組織のガバナンス(統治)における透明性と説明責任の重要性として理解できる。佞媚者が上下に異なる情報を伝達することで生じる「情報の非対称性」は、現代の組織論においても重要な問題である。太子の指摘する「君に忠なく民に仁なし」という人材は、現代でいうところの組織の利益相反や職業倫理に反する行動パターンに相当し、内部統制やコンプライアンス体制の重要性を示唆している。

今でいう「告げ口」や「二枚舌」を使う人を厳しく戒めてる内容やねん。太子さんは、そういう人がおると組織全体がダメになるっちゅうことを、よう分かってはったんや。「懲悪勧善」っちゅう言葉は、今でもよう使われるやろ。悪いことをする人はちゃんと注意して、良いことをする人は褒める。当たり前のことやけど、これがちゃんとできてる組織は少ないもんや。

特に太子さんが警戒してはったんは、「諂詐者」(てんさしゃ)、つまりおべっか使いで人を騙す人や。こういう人は、上の人にも下の人にも都合のええことだけ言うて、問題を隠してしまうんや。例えばな、地方の役人が朝廷に「今年は豊作でした、税金もたくさん集まりました」って嘘の報告をして、実際は民衆が飢えてるのに、それを隠してしまう。そういうことがあったんやな。

「諂詐の者は国家を覆すの利器となり、人民を絶つの鋒刃となる」っちゅう表現は、とても強烈やろ。おべっか使いで人を騙す人は、国を滅ぼす道具であり、人民を傷つける刃物やっちゅうことや。これだけ厳しい言葉を使ってるっちゅうことは、太子さんがどれだけこの問題を深刻に考えてはったかが分かるやろ。

「佞媚の者」っちゅうのも、諂詐者と似たようなもんやけど、こっちは特に「へつらい媚びる人」のことやな。こういう人は、「上に対しては下の過ちを説くを好み、下に逢へば上の失を誹謗す」っちゅう、まさに二枚舌を使うんや。上司には「部下がこんな失敗をしました」って告げ口して、部下には「上司がこんな悪いことをしてる」って悪口を言う。そうやって、組織の中に不信感を広めて、自分だけが得しようとするんやな。

当時の朝廷でも、そういう人がおったんやろな。豪族同士の対立を利用して、あっちにもこっちにもいい顔をして、自分の地位を高めようとする人や。太子さんは、そういう人を見抜いて、「そんな人は、君主に対しても忠義がないし、民衆に対しても思いやりがない。これこそが大きな乱れの元になる」って警告してはるんや。

現代の組織でも、こういう「イエスマン」ばっかりやと危険やっちゅうことやな。本当のことを言わんと、上の人が聞きたいことだけを言うてたら、問題が見えんようになって、最後は大きな失敗につながってしまう。太子さんは、「人の善を匿すこと無し。悪を見ては必ず匡さん」って言うてはる。良いことは隠さず認めて、悪いことは見つけたら必ず正す。この透明性と公正さが、組織を健全に保つための基本やと、太子さんは教えてくれてるんやな。うちは、この第六条が、組織の倫理観を守るための重要な条文やと思ってるんやでな。知らんけど。

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