第3条第3条
お役人さんも武士も一つの道にまとまって、それが庶民にまで及ぶようにし、みんなそれぞれ自分の志を遂げられるようにするんや。せやから、誰の心も腐らせんようにせなあかんねん。
ワンポイント解説
自分のやりたいことを、身分に関係なくちゃんと叶えられる世の中ってどんなんやと思う? 第三条はまさにそれを目指した条文やねん。「官武一途庶民に至るまで」やから、お役人さんも、お侍さんも、それから町のおっちゃんおばちゃんまで、みんな同じ土俵に立たなあかん、ていう話やねんで。
江戸時代は生まれた家によって、なれる仕事もできることもだいたい決まってしもてたんや。お百姓の子に生まれたらずっとお百姓、武士の子に生まれたらずっと武士。どれだけ才能があっても、志があっても、それを試す場所すらもらえへんことがぎょうさんあってん。
例えばな、Aさんはめっちゃ算術が得意な農家の子やったとするやろ。ところが江戸時代やったら、その才能を活かして役人になる道なんかまずなかったんや。せやけど第三条の考え方やったら、Aさんも身分に関係なく志を遂げるチャンスをもらえるべきやし、隣のBさんがお侍さんの子でも同じように自分の道を選べなあかん。誰かが「どうせわたしなんか」って心が折れてしもたら意味がないから、「人心をして倦まざらしめんことを要す」いう一文で、みんなのやる気を大事にしよう、ていうところまでちゃんと書いてあるんが、この条文のえらいところやねんで。才能があっても腐らんと、誰もが前を向いて頑張れる社会をつくろういう、なかなか温かい条文やと思わへん? 志を遂げることと、心が折れんでいることは、実はセットなんやな。
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