おおさかけんぽう

法律をおおさか弁で知ろう。知らんけど

第1条第1条

広く会議を開いて、すべてのことはみんなで話し合って決めなあかんで。

ワンポイント解説

三人寄れば文殊の知恵」ていうことわざ、聞いたことあるやろ。一人で難しい顔してうんうん唸ってるより、何人かで額つき合わせて話し合うた方が、ええ知恵がひょいと出てくるもんなんよ。第一条はまさにこの考え方を、国のまつりごとにそのまま当てはめた条文なんやで。

この短い一文が言いたいことを一言でまとめるとな、「政治の大事な話は、偉い人が一人でパパッと決めるんやのうて、できるだけぎょうさんの人を集めた場でじっくり話し合うて決めよう」っちゅう約束なんや。細こう見てみると、「万機」いうのは政治のだいじな案件ぜんぶを指す言葉で、「公論」はみんなの前で開かれた議論のことやから、二つ合わせて「どんな大事な話も、隠れてこっそりやのうてオープンな場で話し合う」いう意味になるんやな。

例えばな、Eさんがある会社の社長さんで、Fさんはその下で働きだしたばっかりの新入社員やったとするやろ。会議のたびにEさんの一存だけでどんどん話が進んで、Fさんの意見なんか誰も聞いてくれへんかったら、Fさんはそのうち何も言わんようになってしまうんとちゃう? 第一条が目指したんはその逆で、EさんもFさんも同じ場に座って、それぞれの考えを出し合うて決めていく、そういうやり方やったんや。実際、江戸時代までは将軍さんやお殿様みたいなごくひと握りの人だけで政治が動いとって、名のある武士でさえ口出しできる機会はほとんどなかってんで。

この御誓文が発表されたんは慶応4年3月14日、西暦でいうたら1868年4月6日のことで、明治天皇さんが天と地の神さまに誓うという形をとって公家や大名はんらに示されたんやけど、その一番はじめにこうして「広う話し合おう」という約束を掲げたところに値打ちがあるんや。この後に続く第二条の「心を一つにして力を合わせよう」も、第三条の「みんな自分の志を遂げよう」も、この開かれた話し合いの土台があってこそ、はじめて成り立つことやねんで。

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