おおさかけんぽう

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第52条

第52条

第52条

公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものは、公判調書のみによつてこれを証明することができるんや。

公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものは、公判調書のみによつてこれを証明することができる。

公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものは、公判調書のみによつてこれを証明することができるんや。

ワンポイント解説

公判調書の特別な力について決めてるんや。法廷であったことで調書に書いてあることは、その調書だけで証明できる、つまり調書以外では証明できへん、って言うてるんやな。これを「排他的証明力」っていうねん。

例えばな、控訴審で「一審の証人は何て言うてたんか」が問題になったとするやろ。そん時「うちの記憶ではこうやった」とか「傍聴してた人がこう言うてる」とか、みんなが違うこと言い出したらめちゃくちゃになるやん。せやから公式の書類である公判調書だけで証明できる、って決めることで、手続の内容がはっきり確定できるわけや。

ただしな、この排他的証明力は調書に書いてあることだけに限られるんやで。書いてへんことは他の証拠で証明してもかまへん。それに、前の条文で見たみたいに、調書の内容が正しいかどうかに異議を言うことはできる。調書の内容が絶対に正しい、っていう意味やないねん。あくまで証明の方法を調書に限る、っていう手続きの決まりやな。

公判調書の排他的証明力を定めた重要な条文です。この条文は、公判期日における訴訟手続で公判調書に記載された事項については、その調書のみによって証明できる、つまり調書以外の方法では証明できないことを規定しています。これを「排他的証明力」または「唯一の証明力」といいます。

この規定の趣旨は、公判手続の内容について争いが生じることを防ぎ、法的安定性を確保することにあります。もし調書以外の証拠(例えば当事者の記憶や傍聴人の証言など)でも公判手続を証明できるとすると、同じ事実について異なる主張が対立し、混乱が生じる可能性があります。公判調書という公的文書に排他的な証明力を与えることで、手続の内容を一義的に確定できます。

ただし、この排他的証明力は公判調書に記載された事項に限られます。記載されていない事項については、他の証拠で証明することが可能です。また、第51条で見たように、調書の記載の正確性について異議を申し立てることは可能であり、記載内容が絶対的に正しいという意味ではありません。排他的証明力は、あくまで証明方法を調書に限定するという手続的な規定です。

公判調書の特別な力について決めてるんや。法廷であったことで調書に書いてあることは、その調書だけで証明できる、つまり調書以外では証明できへん、って言うてるんやな。これを「排他的証明力」っていうねん。

例えばな、控訴審で「一審の証人は何て言うてたんか」が問題になったとするやろ。そん時「うちの記憶ではこうやった」とか「傍聴してた人がこう言うてる」とか、みんなが違うこと言い出したらめちゃくちゃになるやん。せやから公式の書類である公判調書だけで証明できる、って決めることで、手続の内容がはっきり確定できるわけや。

ただしな、この排他的証明力は調書に書いてあることだけに限られるんやで。書いてへんことは他の証拠で証明してもかまへん。それに、前の条文で見たみたいに、調書の内容が正しいかどうかに異議を言うことはできる。調書の内容が絶対に正しい、っていう意味やないねん。あくまで証明の方法を調書に限る、っていう手続きの決まりやな。

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